明石高専を休学して会津大学を受験します

本日はエイプリルフールですが、この記事は嘘ではありません。

経緯

入学

電気情報工学科に落ちて第二志望だった都市システム工学科に合格した。当時は都市でもいいかと思っていたので特に落胆したりはせず、それなりの難関であった明石高専に合格したことを素直に喜んだ。

一年生

一年の前期テストは半分前後と言ったところで、勉強はそれなりに楽しかった。

GCC(Game Creators' Club (当時はCircle))という部活動に参加した。もともとはゲームの企画などがやりたかったが、その年の新入部員は私だけだったので、いろいろなことをさせられた。その1つがプログラミングであった。

プログラミングは中学でほんの少しだけSmall Basicという言語を触ってはいたものの、ほぼ素人同然だった。C#を習い、高専祭でゲームを二作品展示した。つい最近Githubにアップロードしたが、呆れるほどひどいコードだった。

一年の後期、完全に気が抜けて順位が落ちたが、勉強は楽しかった。GCCアルゴリズムについて教わり、JOI本選に参加するなど、少しずつ活動を外に広げていった。

二年生

成績の悪さが目立ち始めた。段々と勉強は楽しくなくなり、部活に参加することが学校に行く楽しみだった。SuperConに参加した。この年はUnityをはじめて触った。PCKは予選落ち、JOIは本選止まりだった。密かにWebを始めた。CakePHPを少しだけ触った後にDjangoを始めた。

二年の後期の成績は最悪で、留年してもおかしくなかったと言われた。

三年生

三年になると、プログラミングに完全に興味が移り、成績に興味がなくなってきた。春にはC4Kの勉強会で発表をしたり、夏休みにインターンPHPを習ったり、その後はRailsを勉強したりと、Webの道に踏み込んでいった。ほぼ進路は情報系になると確信していた。PCKは予選落ちだった。

プログラマとして経験を積む中で、大学や高専で基礎をしっかりと身に着けている人たちのことをどこか羨ましく思うようになっていた。

会津大学に進学する同級生を見て、何故私はは都市科で勉強しているのかと考えた。会津大学に惹かれた。春休み頃から休学を考えはじめ、休学届けを提出してきた。

なぜ休学するか

情報系の進路に進むと決めたので、これ以上都市科で勉強をしても無駄であると思った。

その上、成績は悪く、楽しくない勉強をすることに意味を見いだせなかった。分野に興味がないということはないが、楽しくないことを頑張れるほどの強い興味を持っているわけではなかった。

目的もなく、進級できる最低限の成績を維持することに、私はひどく疲れていた。

今後

会津大学を受験します。AizuではICPCがやりたいです。

休学中でもプロコン出られるなら出たいけど、流石に無理でしょう。

お詫び

毎回のことですが、私が大きな決断をするたびに、その無謀さに多くの人が呆れ返ります。そして、多くの方にご迷惑をお掛けしています。大変申し訳無く思っています。しかし、これが私の決断です。